大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和45年(あ)2554号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人渋田幹雄の上告趣意は、憲法三九条、三一条違反をいう点もあるが、その実質はすべて単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官岡原昌男の後記意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

裁判官岡原昌男の意見は、次のとおりである。

わたくしは、弁護人の上告趣意が刑訴法四〇五条の上告理由にあたらず、本件上告を棄却すべきことにおいては、他の裁判官と意見を同じくするものであるが、上告趣意の所論にかんがみ、本件酒酔い運転の罪と業務上過失傷害罪との罪数関係について意見を述べてみたい。

第一審判決が認定した罪となるべき事実によると、被告人は、第一、飲酒のうえ、呼気一リットルにつき一、〇〇ミリグラム以上のアルコールを身体に保有し、その影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、昭和四五年一月五日午後九時五五分頃、東京都八王子市追分町一〇ノ一番地付近道路において、普通乗用自動車を運転し、第二、自動車運転の業務に従事するものであるところ、右日時場所において、右自動車を運転し、高尾方面から大和田橋方面に向かつて時速約六〇粁で進行中、運転開始前に飲んだ酒の酔いのため前方注視が因難となり、確実な運転を期しがたい状態となつたので、直ちに運転を中止して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、漫然右状態のまま運転を継続した過失により、おりから前方を同一方向に先行する水越学運転の普通乗用自動車のあることに十分気付かず、ようやく右先行車が前方交差点における黄色の注意信号に従つて同交差点手前の横断歩道上に停止したのを、その手前約五米の至近距離に至つて発見し、あわてて急停止の措置を講じたが及ばず、自車前部を同車の後部に激突させ、よつて、その衝撃により水越学に加療約一〇日間を要する頸椎挫傷等の、同人の車に同乗していた星栄子に加療約二週間を要する左下腿打撲血腫等の各傷害を負わせた、というのであり、この認定は、記録に徴して正当と認められる。そして、右認定によれば、判示第一の酒酔い運転の罪の実行行為たる自動車の運転行為自体が判示第二の被害者両名に対する各業務上過失傷害罪における共通の注意義務違反すなわち過失の内容をなすものであるから、判示第一の罪と同第二の各罪とは、全体として刑法五四条一項にいう一個の行為で数個の罪名に触れる場合(観念的競合)にあたるものと解すべきであり、したがつて、判示第二の各罪につき刑法五四条一項前段、一〇条を適用し、犯情の重い被害者星栄子に対する罪の刑に従つて処断することにしたうえ、この罪と判示第一の罪との関係につき同法四五条前段(併合罪)を適用した第一審判決は、法令の適用を誤つたものであり、これを是認した原判決の判断もまた、これを採ることができない。原判決が引用する当裁判所昭和三五年(あ)第二一二〇号同三八年一一月一二日第三小法廷判決(刑集一七巻一一号二三九九頁)は、当該酒酔い運転の罪と業務上過失傷害罪との関係を併合罪と解したものであるが、その判示する業務上過失傷害罪の事実関係の要点は、被告人は飲酒のうえ自動車を運転中前方注視義務を怠り漫然直進したため右側道路上の街路灯に自車を衝突させ、あわてて(急停車措置を講ずることもせず)把手を左方にとられたため、おりから自転車に乗つて対向して来た者に自車を衝突させ、よつて傷害を負わせたというものであつて、本件と判断の前提たる事実関係を異にするものと解すべきである。しかしながら、被告人には、以上の各罪のほかに、これと併合罪の関係にある第一審判示第三の被害者救護義務違反の罪があるから、前記法令適用の誤りがあつても処断刑に変りはなく、さらに本件事犯の内容、第一審判決の宣告刑等に徴すれば、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。(岡原昌男 色川幸太郎 村上朝一 小川信雄)

弁護人渋田幹雄の上告趣意

第一点 憲法第三九条、第三一条、刑法第五四号違反。

(1) 憲法第三九条は二重処罰を禁止し、同第三一条は適正手続を保障している。

憲法第三九条は「同一の犯罪について重ねて刑事上の責任を問われない」と定めているが、これはアメリカ合衆国憲法修正五条の二重の危険禁止規定に由来するといわれている。そして右期定の趣旨は同一事実について、重ねて刑事責任を追求し、処罰することは許さないというものである。二重処罰の禁止は国民の基本的人権の保障のために設けられたものであるから、その解釈を曲げて国民に対し、不利益を与えることは絶対許されないものである。憲法第三九条は一つの行為につき、事後に再び罰することは勿論同時に二重処罰をなすことをも禁止している。このために、刑法第五四条も一つの行為が数個の罪名にふれる場合又は犯罪の手段若しくは結果が数個の罪名にふれるときには、そのうち重い罪名の法定刑を適用することを定め、二重処罰を禁止しているのである。

(2) 本件において、一審判決は被告人が酒酔い運転をしたとして道路交通法違反にあたるとし、同法六五条、一一七条の二第一号、同法施行令第二六条の二に該当するとして処罰したうえ、飲酒により運転を中止すべき注意義務があるのに、そのまま運転した過失があるとして、刑法第二一一条により処罰しているのである。

右第一の事実と第二の事実は同一の行為である。即ち、第一の事実は「呼気一リットルにつき一〇〇以上のアルコールを身体に保有し、その影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、同年同月同日午後九時五五分頃、八王子市追分町一〇の一番地附近道路において、普通乗用自動車を運転した」というのであり、第二の事実は「前記日時場所において、前記自動車を運転して、高尾方面から大和田町方面に向かつて時速約六〇キロで進行中、運転開始前に飲んだ酒の酔いのため、前方注視が困難となり、確実な運転が期しがたい状態となつたので直ちに運転を中止して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り漫然前記状態のまま運転を継続した過失に因り……」というのである。右記載の文章からあきらかなように、第一の事実は「アルコールを身体に保有し……正常な運転ができないおそれがある状態で……自動車を運転した」ことを処罰している。そして、第二の事実は「酒の酔いのため、前方注視が困難となり確実な運転が期しがたい状態となつたので運転を中止して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り漫然前記状態のまま運転を継続した過失」を処罰しているのである。即ち、両事実とも「アルコールを保有して運転した」行為を処罰しているのである。

原判決は、「第一の事実は、アルコール分を身体に保有し、その影響により正常な運転ができないおそれがある状態で自動車を運転したというそのこと自体を……に該当するものとし、第二の事実は、被告人が自動車を運転中酒の酔いのため前方の注視がおろそかになりがちになつたのにあえて運転を継続し、しかも前方の注視を尽さなかつた結果、おりから前方を同一方向に先行する原判示の普通乗用自動車の状況を十分に確認せず、右先行車が前方交差点における黄色の注意信号に従つて同交差点の横断歩道上に停止したのをその手前約五メートルの地点に接近して、はじめて発見し、とつさに急停止の措置を講じたが及ばず前車に追突したという被告人の前方不注視の状態における車両の運転をもふくめて過失行為としてとらえているものと解せられる。」とのべている。

しかしながら判決の認定した事実は、その文言それ自体により明確にされなければならない。判決文以外の事実からその犯罪行為の内容を推認することは許されないものというべきである。

原判決は、一審判決の「趣旨とするところを、その挙示する関係証拠と対比して推考」し、前記のような認定をしているのであるが、それは一審判決を維持するためのこじつけであつて、一審判決文そのものでないことはあきらかである。

そして、一審判決の認定した犯罪行為は、さきに引用したうえに、第一、第二の事実とも「運転行為」そのものである。

もし、原判決がいうように、第二事実が「前方不注視」も含めて過失行為を判示しているものとすれば、決して「漫然前記状態(運転が期しがたい状態)のまま運転を継続した過失により」という文章にはならないはずである。そのような場合は例えば、「先行車両の有無を確認するため、前方をよく注視し、することにより事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り……」というように、その不注意の内容を判決文のなかに記載しなければならない。

しかし、一審判決は、そのような判示をしていないのである。

もし、原判決のいうように、判決文自体からではなく、各証拠などを総合して、行為の内容を推測しなければならないならば、その判決は、法の適正手続を定めた憲法第三一条に反することとなる。なぜなら、刑事被告人に対する適正手続の保障は単に処罰の手続の適正が保障されるだけではなく、その処罰の根拠となつた構成要件を明確に示さなければならない。そして、過失行為を処罰するときはその過失の内容が具体的に、明確に示されなければならないというべきである。あれこれ推測したり証拠を対比しなければ、その行為を判断できないような判決は、それ自体右の適正手続に反するというべきである。そして、一審判決を直視して、第一の事実をみるならば、さきに引用したとおり、あきらかに同一の行為を二重に処罰しているのである。

原判決は、あれこれ説明しているが、それは、一審判決が、過失行為の結果として認定していることにほかならない。

してみると、一審判決は、憲法第三九条、三一条に違反していることがあきらかであつて、これを是認した原判決は、憲法の解釈を誤つた違法があるから破棄されなければならない。

仮りに、右第一と第二の事実が全く同一の事実(一つの行為)とはいえないとしても、すくなくとも、第一の事実と第二の事実は、手段、結果の関係にあることはあきらかである。第二の事実の記載自体にあきらかなように、酒を飲んで確実な運転ができないおそれがあつたのに、そのまま運転した結果、事故をおこしたというのであるから、すくなくとも第一事実は、手段、第二事実は、結果ということができる。そうすると刑法第五四条後段に該当することとなる。

いずれにせよ、第一事実、第二事実を切り離なし、別個の犯罪行為であるとして、二重に処罰した一審判決は憲法三一条、三九条、刑法第五四条に違反するから、破棄されなければならない。

〈以下省略〉

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